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24時間、調剤漬けの薬剤師。その思考履歴。
「クオリア」
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     自分の中だけで感じる、「感じ」は文章で説明するのが難しい。難しいというか、正確に記述することは、おそらく不可能だと思う。

     とてもきれいなトマトの赤い色の「感じ」。

     どこまでも青く澄んでいる海の前に立っている時に、ゆっくりとあたたかな風が吹いて来る。…その時の匂いの「感じ」。

     子犬の背中を撫でたときのあの温かくて柔らかい「感じ」。

     「クオリア」とは、その「感じ」の事で、『内観によって知られうる意識の現象的側面』の事を指すようです。

     以前、ソニーAV機器の高級ブランドに「QUALIA」(クオリア)というのがありました。



     上の写真は、「QUALIA」シリーズのポータブルMDプレーヤーで189,000円 の超高級機種です。「QUALIA」シリーズは過去のブランドになりますが、感性品質を高めた商品群でした。


    「クオリア降臨」茂木健一郎(著)

     茂木健一郎氏の著書については何度か書かせて貰っていますが、脳科学者である著者が「脳はなぜ心をふるわせるのか?」という事について書かれてあります。音楽や絵画についての話もありました。

     先ほど書いたように「クオリア」が、『内観によって知られうる意識の現象的側面』だとしたら、自分だけが感じる「感じ」の事になります。だから、その「感じ」を他人に伝えるのは難しい。文学はそういうモノを、なんとかして文字で伝えようとしているのかもしれないなと思った。

     梶井基次郎の作品「檸檬」で、主人公の「丸善」での行動…

     −−−

     キセル、小刀、石鹸、たばこ。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。

     −−−
     
     「結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢

     そこに表現される主人公の周辺状況。そう表現するしかない、その時の内面の「感じ」。主人公の静かにうごめく内面の「感じ」が、伝わってくる気がする。

     『文学』って結局「クオリア」をより具体的に、鮮明に伝える文字列を作成する為の学問のように思う。

     それを言ってしまうと身も蓋もないですが、そんな事を考えました。


    〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

    「 この壁を貫通させてやる!」
    | book | 17:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    「グーグルすごい。」
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       情報を取り扱う革命的な変化は、不可視的なモノが多く実感を伴いません。情報を扱う技術が飛躍的に、分刻みで進化していると言われてもパッとしない。しかし例えば、モノを作る会社のすごさはリアルな実感を伴いわかりやすい。「トヨタ」や「ソニー」のすごさはなんとなくわかる。「グーグル」のとてつもなさが理解されにくいのは、「情報を扱う」という不可視な部分がメインだからではないかと勝手に感じます。そのすごさを目を剥いて力説すると、誰もが「とりあえず、トップページが質素過ぎる。」といった感じであしらわれます。


      「グーグル革命の衝撃」NHK取材班(著)

       ある学術論文が重要かどうかは、「他の論文から引用されているかどうか。」で判断されます。より多くの論文から引用される程、より重要な論文だとみなされる。また、そうやって重要な論文だと判断されたものから引用されている論文はまた価値が高いと考えられます。

       グーグルが数十億にも上るページの検索に用いたアイデアは非常にシンプルで「多くの良質なページからリンクされているページは、やはり良質なページである」というモノです。それは、グーグルの商標にもなっていて「PageRank」(ページランク)といいます。先に上げた引用に基づく学術論文の評価と同じような考え方で、リンクを多く受けているページがより良質なページだとする考え方です。

      リンクを多く受けているページがより良質なページだとする考え方」…言葉にするのは簡単です。あるページからリンクがどれだけ出ているか?を調べるにはそのページを見ればわかります。しかし、「そのページがどのページからリンクされているか?」それを調べるには世界中の全てのページを見て回るしかありません。グーグルの検索エンジンはこの「バックリンク」の研究から産まれています。

       グーグルは検索連動型の広告で莫大な収益を上げていてます。創業は1998年9月で、現在でもまだ丸10年たってない若い会社です。時価総額、十八兆円という想像もできない額です。

       グーグルの社員は自分たちの会社を「キャンパス」と呼ぶ、天才達の集団のようです。他のIT会社にも1〜2名は「スーパースター」とよばれるような社員がいるそうですが、グーグルの社員はほとんどの人がそのレベルだそうです。会議で誰かがアイデアを出すと、それを別の人がプログラムコードでペラペラと口頭で述べたり…こういう人達だらけのようです。この天才集団達への福利厚生はとてもすばらしく、うらやましい限りです。キャンパス内での食事、クリーニング、マッサージ、ジム、プール、ビリヤード場…すべて無料で提供されているようです。ジムひとつとっても、普通に会員として利用したら月額何百ドルもするようなレベルの高いモノのようです。また、彼らが使用しているパソコンに不調があっても、伝票を上司へ回して壊れている部品を交換して…などの手続きも一切なしで、すぐに新品が回ってくるようです。会社にとっては、頭脳集団の頭脳がよりよく回転する事に意味があるわけで、このくらい福利厚生は安いモノなのでしょう。
       
       グーグルは「検索」以外にも様々なサービスに取り組んでいます。


      「グーグル完全活用本」創藝舎

       「グーグル活用本」の中で本書は、アマゾンでの評価が高かったです。しかし、2年位前の本なので今はもっとサービスの幅は広がっています。サービスの進化も速いです。

       グーグルは世界中の主要な図書館の蔵書物も次々にデジタル化をしています。図書館や、大学にグーグルのトラックが「ゴォーッ」と入っていってつぎつぎに蔵書を持ち出し、自分たちの所でスキャンしてまた本棚に戻す…。とこういう作業があちこちで繰り返されているようです。

      増殖する地球上の彪大な情報をすべて整理し尽くす

       このグーグルの創業当時からの理念は、時間さえあればなんとかなるんじゃないかという気がしてます。

       −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

       次回は、「クオリア」です。

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      〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

      「おおー!すげー溶けてるぞー!」
      | book | 15:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      「砂糖」
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        「シュガー社員が会社を溶かす」田北百樹子(著)

         企業側が「うちに、困った社員がいる。」というような表現をすると、経営陣が企業の利益ばかりに目を向け、勤務する側の権利を無視した発言のように感じますが、どうやら最近は事情が違うようです。「シュガー社員」とは、『仕事は半人前ですが自分には甘く、雇われる側としての主義主張を覚えてさらに自分を甘やかす、30歳未満もしくはそれを過ぎた位の社員』をさすようです。『残業をさせたら、親が会社に怒鳴り込んで来る。』こんな笑える事例がたくさん掲載されています。

         シュガー社員をいくつかに分類してその実体と対処法が掲載されいるのですが、

        「ヘリ親依存型シュガー社員」
        「俺リスペクト型シュガー社員」
        「プリズンブレイク型シュガー社員」
        「ワンルームキャパシティ型シュガー社員」
        「私生活延長型シュガー社員」


         先に書いた、残業させたら親が会社に怒鳴り込んで来るといった事は、ほんの一部です。 シュガー社員の定義にあった「…雇われる側としての主義主張を覚えて…」という所がネックで会社側も手こずっているようです。会社が手こずるというよりも担当の人事の人間が疲弊してしまうパターンが多いようです。
         本書の初めの方に求人広告のキャッチコピーの変遷が掲載されていたのですが、そこからもこれからますますシュガー社員が大騒ぎする事になりそうだと感じとる事ができます。

         1980年代
        「安定した企業、優れた環境」(80年・とらばーゆ)
        「あなたの技術で高収入にチャレンジ」(88年・Bing)

         2000年代
        「がんばりすぎない私が、好き」(04年・とらばーゆ)
        「ルールは自分」(04年・とらばーゆ)
        「社長の私が、営業のあなたについていく」(07年・Bing)

         面接でシュガー社員を見分ける方法が裏表紙にいくつか書いてあります。「筆記用具を持参していない」とか「労働条件の話になると、がぜん食いつく」などがありました。その中の一つに「年金手帳を紛失している。」というのがあって笑いました。
         
         雇われている人間が、その正当な権利を「武器」のように振り回し始めると怖いよね。人を雇うって大変ですね。
         −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

         次回は、「グーグルすごい。」です。

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        〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

        「ちょっと間抜けだな。」
        | book | 18:39 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
        「鉄瓶」
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           「エンツォ・フェラーリ」は、フェラーリの創業者の名です。そして、これはまた車名でもあります。フェラーリ創業55周年の記念モデルの車名です。ご存じの方も多いと思いますが、創業者の名を冠したそのフェラーリのデザインを担当したのが日本人です。


          「フェラーリと鉄瓶」奥山清行(著)

            著者の奥山清行氏がそのデザイナーです。創業者の名を冠する程の車に外国人デザイナーを持ってくるのはとても勇気のいる事だと思います。例えば、「HONDA」がもし「本田宗一郎」という名の車を出すとして、日本人以外にデザインを任せるかな?奥山氏がそのくらいの実力のある人なんだと思います。
           
           著者はアメリカ、イタリア、ドイツなどで仕事をされていたようです。本書ではイタリアでの話が多く、イタリア人の仕事の仕方や性格などについての記載もありました。その中にあった、イタリア人のコーヒーの飲み方の話です。意外ですが、たっぷり砂糖を入れて飲むそうです。たっぷり入れる方がより男らしいとありました。日本では逆に砂糖無しでブラックを飲む方が大人の男のイメージですが、逆のようです。イタリア人は高速のサービスエリアなどでも、人目を意識しながらスプーン4〜5杯の砂糖を小さいカップに入れ、長い時間かき混ぜた後それを一気に飲み干して出て行くという飲み方をマッチョなトラックドライバー等がやっているそうです。
           ちなみに、日本人がイメージするような「ちょい悪系」のイタリア人は少ないともありました。ジローラモはどこから来たんだう?

           本書では氏のデザインに対する考え方だけでなく、職人さんの事や、経営に関する事など内容的にはさらりと読めて面白かったです。ちなみに鉄瓶やロボットのデザインなんかもされています。

           外国語で仕事するってやっぱりあこがれるよね。

           −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

           次回は、「砂糖」です。

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          〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

          「違う、違う、初めて。」
          | book | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          「フェルミ推定」
          0
             企業の面接を受けた事がありませんが、面接の質問にはいろいろなモノがあるようです。

            「日本全国に電柱は何本あるか?」

             こう問われて私はどう答えるだろうか?素直な所を見せようと、「電柱は専門外です。」などと答えるかもしれない。


            「地頭力を鍛える」細谷功(著)

             こういった問いに対して、知っているか知らないかで答えるのではなく、知っている事を駆使して推定するというのが、問題解決に非常に重要なようです。つかみ所のない物理量を短時間で概算する事を『フェルミ推定』と呼ぶようで、本書では「頭の良さ」を鍛える為のツールとしてこの『フェルミ推定』が非常に強力だとしています。「推定」というと大げさですが、「見当をつける」とか「あたりをつける」といった事です。「見当をつける」事の大切さはなんとなく感じていましたが言葉でハッキリと意識できていませんでした。
             先の電柱の件で言うと、単位面積当たりに何本くらいかを仮定して「大体の数を出す」という考え方ができるか?という事を問う質問らしいです。電柱の数を正確に言い当てる事が目的ではなくて、それを推定する考え方ができるかどうかをみているらしいです。
             仕事を進める上で「あたりをつける」というのは、非常に重要な事だと思います。「ここのデータが無いから…」と、その正確なデータを得ることに時間を浪費していては、いつまでたっても結論に行き着きません。枝葉を切り捨てきれない、悪い意味での『お役所仕事』をだらだらと続けるタイプ…私も何人か思いつきます。データを得る事にも経費がかかります。足らないデータにあたりをつけて、大まかな全体像の結論を先に出していくだけで、仕事の進捗が全く違います。
             情報は専門家で無くとも誰でもネット経由で得る事ができるようになりました。一定の経験や知識を身につけると一生食べていける時代は終わっています。頭を使う事…改めて重要だと感じました。

             ちなみに電柱は3300万本(平成17年のデータ)らしいです。

             −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

             次回は、「鉄瓶」です。

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            〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

            「あれ?俺、今ビーム出した?」
            | book | 11:57 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
            「ぜんまい式」
            0
               私のうちにもいくつか電波時計があります。電波時計も最近は数千円で買えます。誤差が10万年に1秒しかない原子時計を基準にしているので、時刻を知る道具としてこれ以上のモノは実用上必要ないと言ってもいいと思います。今、私が主に使っている腕時計も電波時計です。
               しかし、人はぜんまいで動く機械式時計から離れません。機械式時計は非常に高価です。高価ですが、残念ながら100円均一で売っているクオーツ時計より理論的に精度がおちます。しかし、ぜんまいで動く歯車が繰り出す時間は、人を惹きつけてやみません。機械式時計は非常に魅力的です。私も長いこと、あれが欲しい、これが欲しいと思い続けています。まだひとつも買えてませんが…。


              「腕時計一生もの」並木浩一(著)

               非常に素敵な本でした。私が機械式時計に持っていたモヤモヤをはらしてくれたと言っても過言ではありません。腕時計の事を「時刻を知る為の方法はいくらでもあって、本来的にはそう必要でないもの。」といきなり冒頭で書いています。だから、「自覚的に腕時計を買う事の意味が変わってきている…本来必要でないはずの物を買うわけですから、そこにはより根拠のある理由付けが求められてきます。」としています。腕時計の必要性が薄れた結果、「腕時計選び」そのものが一つの文化という段階に入っているとありました。
               本書は必要性の少ないモノを買うための理由を発見するための本です。本書を読んで好きになった時計を買うのもいいし、買った時計をより好きになる事もできると思います。「デザイン」「ムーブメント」「機能」「性能」「歴史」「素材」…理由を探す為にひとつずつ検討しています。

               私の友人にも機械式時計を使っている人が数人います。私の祖父も使っていました。そして、彼らはそれをとても大切にしています。機械式時計を買うことは、なにもスケジュール通りに生活するためではないようです。機械式時計は、身につけるその人を表現するモノです。彼らには結婚指輪を常に身につけているような、誠実さを感じます。ぜんまいで動く歯車を愛し、そして日々前向きに生きているからこそ、腕時計を着けているのだと思います。

               私も「一生もの」と言える一本を時間をかけて探したいです。

               −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

               次回は、「フェルミ推定」です。

               −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

              〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

              「こう、眉間からビィーンってさ。」
              | book | 09:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              「冷蔵庫が舞台」
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                 普段使っている家電で「重要」なモノは何かという話をSNSの中でした事があります。「最重要家電」は何か?と。家電は意識せずに毎日便利に使っているから改めて聞かれると考える。ただ、停電したときの事を考えると、使えなくなって困る家電が比較的簡単に想像できるのではないでしょうか?
                 「最重要家電」には、恐らく「冷蔵庫」を上げる人が多いと思います。

                 風水に興味があるわけではありませんが、風水的に冷蔵庫の扉は、玄関と同じく幸運の入り口だそうです。だから、冷蔵庫の扉にメモなどを貼り付けるのはよくないと聞いた事があります。私の家では気にせずに貼っていますが。


                「冷蔵庫のうえの人生」
                (著)アリス・カイパース (訳)八木明子

                 これは、小説です。冷蔵庫に貼られた、「お母さん」と「娘」のメモ書きだけで話が進行します。状況説明もなにもなく、メモ書きだけで進行します。「お母さん」が産婦人科医です。当直等もあり、「娘」とすれ違いの生活をしています。メモ書きは、ただの伝言だったり会話だったりします。娘に、「牛乳、りんごを買っておいて下さい」というものだったり、「男の子から電話がありましたよ」というものだったり他愛もないものなのですが、状況説明なしでもメモ書きの端々に「ふたりの状況」を想像する事ができます。例えば、「お母さん」は娘に対して、父親の事を「あなたのお父さん」というような表現をしています。正式に離婚しているかどうかはよくわかりませんが、別居はしているようです。メモ書きだけなので、ほとんど想像するしかないです。「明日、話をしましょう」といったメモの後に、「昨日はあんなに怒ってごめんなさい。」といったメモがあるといった感じです。具体的にどういう風に言い合いになったとかそういう事は書いてません。会話だけで進行する小説というのはいろいろとあるみたいですが、これはまたちょっと違う感じです。シリアスな内容の後にまた「牛乳を買っておいて」といったメモがあったりして、なんとなくリアルです。

                 普通より想像力を働かせないといけないのですが、シンプルに読めます。最後が少し悲しくなるけど。

                 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

                 次回は、「ぜんまい式」です。

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                〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

                「面白い話でもしながら。」
                | book | 05:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                「本を読む本」
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                  「本を読む本」
                  M.J.アドラー、C.V.ドーレン(著)

                   1940年初版のアメリカの本で、読書法としては古典になるそうです。M.J.アドラー、C.V.ドーレンという2名の教授の連名になってます。
                   こういうモノ(読書法)は、なんというか古い考え方が通用しないモノが多いような気がしますが、古さを感じさせない本でした。
                   本書に出てくる「メディア」として取り上げられているのは、「テレビ」と「ラジオ」ぐらいです。現代は、家にパソコンがあって当たり前の時代で、個人の情報処理の補助としてパソコンが使われる事がめずらしくない時代です。本書では、パソコンを使用した事例などはありません。しかし、「考え方が古すぎる」と思う事は少なく、むしろ念頭に置いておかないといけないと感じる事が多かったです。
                   本書では読書を幾つかのレベルに分け、初級読書→点検読書や分析読書をへて→最終レベルにいたるまでの具体的な方法を示しています。これは、どちらかというと精読に値するような名著を読むときに必要な技術だ、と著者は書いています。
                   単純に書くと、自分が知りたいテーマやジャンルについて複数の本から情報を得るための具体的な技術について書いてます。
                   読み終えてみて本書が「名著」として読み継がれているというのが、私なりに理解できたような気がします。
                   話がそれますが、私は本を読むとき、著者が何歳の時にその本を書いたんかな?と年齢をチェックするクセがあります。M.J.アドラーさんは1902年生まれです。初版が出たとき38歳です。C.V.ドーレンさんは1926年生まれです。初版が出たとき……14歳?
                   最初のページを見たら"copyright"が1972年で連名になってます。後から追加になった、C.V.ドーレンさんは本書の内容を改訂して出したりしたんやろうね。しかし、それなら自分なりの解釈で別のタイトルで本を出してもよさそうなもんやけどね…、最初の著者に敬意を払ったんやろう。えらいと思う、この辺りの考え方は大切よね。
                   私の友人のドクターの話です。彼はケーススタディの論文を98%書き上げて、後は掲載できるレベルに推敲するだけっていう状態にしてたのを持っていたらしい。それを上司に「俺がまとめとくよ。」って言われたようです。その上司はその論文の語尾をちょいちょい変えて第一著者になり、私の友人は連名にされただけというのを聞きました。こんなドラマであるような話って現実もあるんやな〜と思ったよ。

                   話がそれましたが、読書の前に読書法の本をいくつか読むと、ちょっと違う発見があるかもしれませんね。
                   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

                   次回は、「冷蔵庫が舞台」です。

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                  〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

                  「建物でいうとね、7階位には来たよ。」
                  | book | 16:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  「ゆるしていきたい」
                  0
                     人に傷つけられた事がありますか?裏切られた事は?

                     私はどちらもあります。そして、その人達への怒りで眠れない事もありました。憎くて、涙した事もあった。

                     そんな時、相手を「ゆるそう」なんて考えもしなかった。「ゆるそう」と思うと何となく相手が正しいと認めてしまっているようで、絶対にゆるす事などできなかった。具体的な行動を伴わなくても、仕返しをしてやりたいと考える方が楽だと感じていました。
                     
                     最近、年齢のせいか気持ちの方向が変わって来てなんとなく、「仕返ししてやりたい」などと考えるよりも、「もうそんな事忘れた」と考える方が楽だと思っていました。思っていたと断言するほど、そういう方向で考えを巡らせていたわけではないのですが、確かにそう感じていました。「もうそんな事忘れた」と考える方が楽だと。 


                    ゆるすということ
                    ジェラルド・G.ジャンポルスキ(著)/大内博(訳)

                     今回、私が読んだ本の内容は、おそらくいろんな本に書かれてあることだと思います。本書でなくても、繰り返し記されているのではないかと感じます。そして、どの本に書かれてあっても、読み手側がそれを求めていなければなんとなく素通りしていく内容だと思う。それは「ゆるした方が良い」という考えが、「あたりまえ」だからです。幼い子供でも知っている内容です。非常に大切な事なのに、当然過ぎて考える事すらしてなかった。

                     私の場合「相手のやった事なんか忘れよう」と考える方が楽だなと、なんとなく感じていた頃に本書を読んだので、その「ゆるす」という「あたりまえ」が非常に印象的でした。本書は、タイトル通り「ゆるす」という事について書いてあります。「ゆるす」為の具体的な方法が書かれています。ある意味で単純です。平易な文章で、理解しやすいです。

                     どのような事や考え方でも、それを「知る」にはそれを知っている人に話を聞くのが一番早いです。しかし、運良くそういう知識を持っている人と出会ってはいても、ゆっくりと解説してもらえる程、長く話をする機会が現実ではありません。自分がその人の生徒でもない限り、短く話をつまむ程度聞ければ良い方です。
                     ただ、そういう知識を持った人が書いた本を読むのはいつでもできる。すばらしい考えをもっている人は、それを一冊の本にまとめようとするとき、とても大きなエネルギーを使うと思う。そのエネルギーの塊が紙面に投影された書物は、それを必要とする読み手には人生の宝物になる。
                     一冊の本がすべての人に均等に理解され、受け入れられる事は、ほとんどないと思う。読む人間の精神的なタイミングや、人生のステージの違いで、読み手が拒絶してしまうこともあれば、読み手の奥深く染みわたっていくものある。

                     いろんな意味で「タイミング」が合うと、良かったと思える本になるのだと思います。今回の本は、今の私にとても印象深いモノでした。また、気になったときに読み返したいです。

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                     次回は、「本を読む本」です。

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                    〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

                    「だから、速いって。足腰は強そうだね。」
                    | book | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    「三日坊主」
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                       続けるのが苦手です。苦手だと意識はできているんですが、そこから先に進めません。だいぶ大人にはなって来ているんですが(年齢的に)、年齢と共に改善されるような部分でもないようです。


                      「続ける」技術: 石田淳(著)

                       『物事が続かないのは、あなたの「意志の弱さ」とは関係ないのです。”続け方”を知っているか、知らないか…それだけなのです。』と本書の初めの方にありました。著書は行動科学の専門家のようです。 「行動科学」という言葉をしらなかったんですが、ちゃんと辞書にも載っている言葉のようです。「人間行動の一般法則を科学的に見いだそうとする学問。(大辞林)」だそうです。
                       確かに自分の行動には「法則」があるように思います。「行動に法則がある」というよりも、私の場合は、「考え方がワンパターン」。複雑な事を考えているつもりでも、結果的には「考え方がワンパターン」です。
                       本書には、実際に続けることができない事の事例、「英会話」「ダイエット」「禁煙」「整理整頓」「日記」等のエピソードが初めに掲載されていて、「あるあるネタ」的に面白いです。

                       少し話が変わりますが、以前、私の地元に元ラグビー日本代表の平尾誠二氏が講演に来たときに、「日本人は、気合ですべてを済ませようとし過ぎだ。」という事を言っていて、すごく新鮮だった事を覚えています。野球の練習を例にとって話をしていました。『日本人のコーチは選手がエラーしてボールを落とした際に、「気合いが足らんからだ!」とペナルティでランニングをさせる。海外のコーチは「捕球の具体的な方法」を教える。』と言っていました。
                       本書はまさに、「続けることができない。」という事を、「気合いが足らないから。」という日本人的な切り捨てをしているのではなくて、”続け方”の具体的な方法を示しながら書いていて納得できる点が多かったです。

                       なんとなくその辺に興味がある方は、読まれて損はないと思います。
                       
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                       次回は、「ゆるしていきたい」です。

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                      〜 本日の「ポジティブに生きる!」 〜

                      「俺、足下もよく見えない。」
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